カップ麺VS私の話
我が家ではカップ麺が珍獣扱いだ。
私はカップ麺の類いがあまりに好きではない。
過去にスーパーでアルバイトしていて、安い、早い、というコストだけを気にした生活でカップ麺と値引きお惣菜を毎日食べ続けた結果、おそらく人生の一生分のカップ麺とお惣菜を摂取してしまったのだろう。どんなに美味しそうでも食べる気が起きないのだ。
スーパーを見てもカップ麺のコーナーはほぼ見ないし、買わない。
あーお腹すいたなーなんか食べたいな。そんなとき家に買い置きしてあるのがカップ麺。我が家にはそれがない。
そんな我が家に勝手にカップ麺を買ってきて置いていくのがうみへびだ。うみへびと言っても図鑑に載ってる生き物ではない。夏になるとサンダル突っ掛けて出歩き、足にへびのような縞模様の日焼けを作る男がこの世にはいる。その男の事をうみへびと呼んでいるのだ。
彼はカップ麺だけじゃなくスナック菓子も我が家に勝手にストックしていて、買ってきて置いておいては、うちに来る度にそれを食べるのだ。じゃあ食べるときに買ってこいよ、と思うが、食べたいときに食べられる、そこがいいのかもしれない。わからんでもない。
その買い置きカップ麺に目をつけるのがゆうだいくんだ。彼の散策能力は探偵も驚くだろう。どこに隠していても見つけてしまうのだ。
今日も棚の上にあげられた激めんワンタン麺を見つけたゆうだいくん。食べたいなー食べたいなーと私の周りをぐるぐる回る。私は途端に犬を飼っているような気分になる。
「うみへびに内緒にして食べちゃおーよ」
なぜか二人しかいない部屋でヒソヒソ声で話すゆうだいくん。そんなことで彼は怒らないぞ、ゆうだいくん。
昼御飯作んなくていいから楽にはなるな。と思いお湯を沸かし始めるとわーいわーいと大喜びするゆうだいくん。
違うのだ。私の知っているカップ麺を食べる気持ちと。
私が食べるときのカップ麺は「こんなものしか食べられないのか。ラードと小麦粉の塊め」から始まり、3分とかいてあるにもかかわらず2分半で開けてしまう。その30秒で何が救われるというのか。無駄なせっかち。
ふたを開けて思うのは
「写真とちがうじゃねえかよ」
この一言につきる。
明らかに違う。
強く禁止していたわけではないが普段は食べさせてもらえないものを食べられる感覚。ゆうだいくんにとって、カップ麺とは、
“たまに連れていってもらえるファミレス”
これくらいの位置に君臨していることだろう。
おそらく私が時間をかけてハンバーグだのカレーライスだの作るより、カップ麺1つ与えてやった方がよほど喜ぶのだろう。
なんだかむなしい気分になりながら一緒にワンタン麺をすする。
たまに食べると意外とイケる。
私はカップ麺に勝てない。