子供の謎のこだわりの話
ゆうだいくんのおたふく風邪をもらったにもかかわらず、熱もなければそこまで痛くもないと言うことで、私は休みを満喫していた。
保育園からは「お母様からうつると言うことも考えられますので」とやんわり拒否を受けたがそもそもの原因はそちらですぞ…と心のなかで突っ込みをいれつつもゆうだいくんも家でゆっくり過ごすことにした。
とはいえ、家の中にずっといるというのは、結構な勢いで家が汚れるわけだ。体調もそんなに悪くないし、ささっと掃除でもしてしまおう、そう思い立ったのが昨晩のことだった。
私「掃除機をかけたいと思います」
ゆう「はい!」
朝起きて、この合言葉とともに片付けを開始する。と言っても吸い込まれたくないものをテーブルに上げるような簡単なことだ。
いざ!掃除機を開始する!
ブォオオオ
1LDKなのであっという間に台所、トイレときれいになっていきいよいよ居間だ。
軽快に掃除機をかけていると床に小さなシールを見つける。どこで誰にもらったかも思い出せない前にもらったらアンパンマンのシールの中のジャムおじさんだった。我が家はシールを貼っていいところが決められていて、それは息子のおもちゃ箱なのだが、そこから剥がれ落ちてしまったのだろう。
再度おもちゃ箱にくっつけてみても、粘着力が弱まっていてまた剥がれ落ちてくる。あーこれだめだわ、そう思って私は掃除機でそのシールを吸い込んだ。
ズッ
よしこれで大体きれいになったな。あとは台所も少し掃除しようかしら、何て考えていたら事件は起きた。
「ゆうだいくんのジャムおじさんを返してよ!」
憤慨するゆうだいくん。目には涙を浮かべている。
「片付けをしなかった君が悪いんです。あとジャムおじさんはもうくっつかなかったし、どっちみち捨ててしまうでしょ」
そもそもジャムおじさんのシールなんて貼ってから一度だって見返したこともないし、剥がれていたことすら知らないでしょうあなた。
なぜだろう。自分で捨てるよりも人に捨てられた方が惜しくなる。これはもう使わないなと思って捨てたものほど使いたくなる。その気持ちはわからんでもない。しかしそんなシールはすでに掃除機の中。
「もう掃除機の中だから出せないよ。開けたら壊れちゃう(苦し紛れの言い訳)」
「壊れたらまた買えばいいじゃん!掃除機また買えばいいじゃん!」
出た現代っ子!だが君は間違っているぞ。掃除機を買う金でアンパンマンのシール何枚買えると思っているんだ。1000枚は優に越えるのだぞ。
「ジャムおじさんを返してよ!ジャムおじさんを返してよ!」
「あきらめな」
「ジャムおじさんを返してよ!ジャムおじさんを返してよ!」
何を言っても同じことを返される。語彙豊かだったゆうだいくんを返してよ!と心のなかで叫ぶ。ええい、ラチがあかん。
かれこれ三十分ジャムおじさんを返してよ攻撃を受けていた私は半分やけくそになっていた。おうおう好きなだけ泣きなさい。世の中にはどうしようもないことがあるんじゃ…と流していたもののそれもものの五分程度で限界が来た。私はカップラーメンを二分半で開けてしまうほどせっかちで短気なのだ。
こうなったら究極の選択攻撃だ。
「ゆうだいくんのおもちゃ全部捨てていいならジャムおじさんを救い出してやろう」
そうだおもちゃ全部と引き換えだ。部屋も片付いて一石二鳥。おもちゃを売ればいくらになるかなげへへへへ。さすがにシール一枚とトミカ100台は天秤にかけられまい。ざまーみろ。
「わかった。捨てる」
なんだとおおおおおお!!!!
お前は夜神月か!シール一枚だぞ!いかれてやがる!
シールの事などどうでもよくなっていた。もはやお互いのポリシーのぶつかり合いだった。
捨てるといってしまった手前引っ込むこともできずまあ捨てていれば泣きついてくるだろう。でかいごみ袋に次々とおもちゃを放り込む。
「この電車も捨てる…」
ゆうだいくんは物凄いシリアスな顔つきで言った。
!?それはサンタさんがクリスマスにくれたD51のプラレール…!線路も買ったから結構な値段したのに!先月もらったばかりのおもちゃも捨ててしまうと言うのか!
サンタさんは泣いた。子供の決心はこうも固いものなのか。
「ライトセイバー…」
ゆうだいくんが呟いた。
スターウォーズにハマっているゆうだいくんに、じーじ(私の父)がゲームセンターで二千円近くかけて取ってくれたライトセイバーだ。SFが大好きな父は、ゆうだいくんがスターウォーズにはまったことに大喜びして何故かUFOキャッチャーで取るという遠回りをしてまで取ってくれたライトセイバー。これを袋に入れてしまえばさすがのゆうだいくんも泣きついてくるに違いない。
「待って!」
かかった!
さらに追い討ちをかける。
「全部捨てるんでしょ?」
「ちがう、ちがうの。ライトセイバーは…
じーじにあげる」
!!!?
そうだじーじはライトセイバーを見てゆうだいくんそれいいね良かったねーうらやましーなーじーじもほしいなーと呟いていた。
そんな小さな事を覚えているなんてなんて素敵な子供だろうか。なんて心の優しい子供だろうか。
罪悪感が押し寄せてきた。あかん。このままじゃ本当にすべてのおもちゃを捨て、残るのは一枚のジャムおじさんのシールと悲しげなゆうだいくんだけや。
でもこの戦い、絶対に負けたくない…!
自分にも変な意地が沸いていた。本当に大人げない。この記事書きながら自分の大人げなさにすごく情けなくなっている。
「ああそうだ。じーじにももうおもちゃいらないって連絡しなくちゃ」
今持っているおもちゃを捨てるだけでは飽き足りず、これから買うおもちゃまで失うと言う選択。貴様にはできるかな、四歳の少年よ。
「いやだ!!!」
…勝った!いやまだ油断は禁物だ。
「でもおもちゃいらないんだったらいらないよって連絡しておかないとさ、間違って買ってきちゃったら困るしょ?ゆうだいくんおもちゃいらないんだもんね?邪魔になっちゃうもんね?」
これぞ悪魔。
「いやだいやだいやだー!ジャムおじさんはあきらめるから!じーじには連絡しないで!」
これが聞きたかったのだ。私は戦いに勝利した。何だかんだ欲しいものを惜しまず買ってくれるじーじはゆうだいくんにとってパトロン的存在だったのだ。あれこれ私負けてね?なんか存在価値的なところで負けてね?
何はともあれおもちゃを袋から出しながらD51が捨てられなくて良かった、と安堵する私であった。
しばらく時間をおいてから「ジャムおじさんはもういいの?」と投げ掛けると「もう掃除機吸っちゃったんだから仕方ないでしょ。それはもうむりさ。」とあっさり現実を受け止めて諦めてしまっていた。さっきの戦いは一体なんだったんだろう。